看護師2年目。ブラック病院からの転職

わたしが新卒で就職した病院は、救急病院でした。
SCUが一緒になった脳外科病棟だったのですが、なぜか新人看護師とベテラン看護師の比率が半々・・・。
今考えると恐ろしいですが。。。(笑)

救急病院の内情

救急病院なので、緊急手術も定期手術も沢山あり、定時で帰れることがありませんでした。
もちろん、時間外の手当てはつきません。
いわゆるブラック病院です(滝汗
しかも休みは週休2日と聞いていたんですが、なぜか週休1.5日と中途半端な数字に。
毎月シフト表をもらうのですが、いつも小数点がごちゃごちゃして、誰もが皆自分の休みを正しくカウントできない感じでした。
今思えばそれが病院側の手法だったのかもしれません。
セコイな・・・。

救急病院の給料事情

ボーナスはなぜか年3回ありました。
ただ年間で2ヵ月分なので、一回当たり1か月分も無いという哀れな金額です。
しかも3回目は3月支給で、なぜか3月末退職者はもらえないというおまけ付き。
そのため退職者は4月に辞めようとするのですが、病院側の意向で3月末に半強制退職となり、退職者に3回目のボーナスが支払われたのを見たことがありません。

新人看護師の比率が高い理由

その病院は、個人クリニックが大きくなり、中規模の病院になった感じでした。
そのため週1回で病院内の駐車場で朝礼がありました(笑)
そこで院長がベテラン看護師に向けて嫌味をいいます。
『年配者に給料を払うと高くつくので、新人を沢山やとった方がいい。年配者は、沢山いらないから、いつ辞めてもらってもいい。辞めて下さい。。』
この発言は新人ながらに衝撃でした。
院長の考えは看護師たちに大きく影響し、ある程度経験を積んだ看護師はほとんど転職していくのです。
そのため新人看護師ばかりの時間も発生してしまい、医療事故スレスレのことが何度もありました。

救急病院で学んだこと

師長が厳しい人だったので、新人で看護を学ぶには沢山のことを学ばせてもらったと思います。
ただ勉強にはなりましたが、病院の待遇は悲惨なものでした。
看護学校時代の友人に話を聞くたびに、自分の病院は最悪なブラック病院なんだと思い知らされます。

看護師2年目の転職

私は、2年でその病院を退職しました。
その後、実家のある名古屋にUターンして就職先を探すことになります。
最初はハローワークで探していたのですが、名古屋のハローワークは数が少ないため、ものすごい混みます。
駐車場待ちで1時間、パソコン待ちで1時間、窓口待ちで1時間と本当に疲れます。
そのため転職活動はもっぱらWEBの看護師向け求人サイトに登録して行いました。
登録して3日目くらいにその求人サイトの方から電話がかかってきて、名古屋の病院事情を聞かせてもらえました。
そこからはトントン拍子で、実際に求人サイトの方に会って、希望の条件に合う病院を探してもらい、病院の面接までアポを取ってもらえました。
そして次の日には面接をして、その後に病院見学までさせてもらい、2日後には合格通知が届き、無事転職完了です。

転職して

事前の情報通り、給料がよくて、残業代が支給され、完全週休2日の病院でした。
この辺りは求人サイトの方から聞いていた内情通りです。
また人間関係も良好な職場で、ベテランの先輩看護師の方から丁寧な指導を受けられています。
今の病院に来てまだ3ヶ月目ですが、転職して正解だったと思います。

認定看護師の資格が取れる病院への転職

名古屋市の総合病院に勤務するG.Aさん(31歳)

私の元職場は、特別室でした。
特別室とは、全てが個室で1日差額ベッド代が3万円以上もするセレブ用の入院施設です。

なので入ってくる患者様は、ほぼ会社の重役、政治家、有名人などVIPな方々だらけ。
就職して基本的な知識や技術を習得しなければならない最中、20歳で就職した私にとってはVIPな方々への言葉遣い、態度などを身に付けていくのはすごく難しかったのを覚えています。

やはりVIPの方々の中では、高いお金を払ってるんだから…と、看護師を召し使い同然に考えている方も要らして、気にくわないことがあれば上司に言われるのはもちろん、怒鳴り散らされることも何度もありました。
酷いときは先輩は尿瓶をなげられていることもあり、そうした場面をみると一生懸命看護をしていても、医者だけは神同然に讃えられ、看護師はナメられる差が悔しく思え、何のために働いてるんだろう。しんどいなと思ったことが多々ありました。

また前の職場は、師長のパワハラがすごく、毎月ターゲットとなる看護師がいました。
ターゲットになってしまえば、申し送りの際に意に反することを言えば、他スタッフの前で怒鳴り散らされることはもちろん、人格まで否定されます。
それ以外の先輩ナースや、お気に入りのナースへの対応の違いに、外野ながらビックリしていました。
また休み返上で会議など参加強制はもちろん言われていたし、結婚する際にも結婚したあとにも、子供を作らず働けという圧力がものすごかったです。
新婚のスタッフが増えた際に、産科の師長に、うちの病棟のスタッフへの性教育を依頼していたのには落胆しました。
途中私自身妊娠して、ストレスフルな状態ではいられないと思い、辞める決意をして退職することになりました。

転職先の条件は、専門看護師か認定看護師の資格が取れること

転職先は、専門看護師か認定看護師の資格を取得できる病院を中心に探しました。

中川区の名古屋掖済会病院や引越しが必要になりますが、春日井市の東海記念病院が第一希望でした。
しかし人気のある病院だったためか、採用にまで進むことは無く、名古屋市内の大学病院で働けることになりました。

認定資格も取得できるため、今後も勉強に励んでいきたいと考えています。

名古屋市内で転職活動

名古屋の西区で働くO.Kさん(29歳)
新卒で憧れの職場に就職でき毎日張り切って出勤していました。

しかし新人で仕事のできない私には仕事の量が多すぎて、業務時間内には終わらないのは当たり前の毎日です。
昼休みをほとんど取らず、先輩に助けてもらいながらケアや処置を行い、夕方の引き継ぎの時刻まで働きづめなんてこともしょっちゅうです。
さらにさらに、それから片付けと記録で何時間もかかってしまっています。
そのため、日勤なのに日付が変わる深夜まで仕事が終わらないこともたびたびありました。

上司や先輩達も早く帰そうと色々とアドバイスを下さったり、時には「帰りなさい」と言われることも・・・。

しかし業務が全て終わっても、明日の勤務のためにやらなければならないことがたくさんありました。
明日受け持つ患者さんを確認し記録をよく読み状態や看護方針の確認、またグループ内の患者さんの記録も見ておいたり、明日自分は何をすべきか書き出し、まだやったことの無い処置の場合はやり方を確認したり・・・。
さらには勉強も・・・。

だけど、やるべきことが多すぎて全てを消化できないまま朝を迎え出勤します。

終業後朝方まで病院の図書室にいたり、帰宅しても15分くらいしか寝なかったり、そんな不規則で不健康な生活を続けていると、身体を壊してしまいました。

しばらく病院を休職させてもらったのですが、体が回復することは無く、そのまま退職となってしまいます。
退職の決断をし、看護部長から辞令を受け取った時が、いちばん辛かったです。

とても優しいプリセプターさんも私についていてくださったのですが、病棟がオープンしたばかりでその関係の業務も多く、また私があまりにも成長が遅くて夜勤になかなか入れず、代わりにプリセプターさんが入ってくださっていて・・・。
なかなかプリセプターさんと同じ勤務時間に仕事ができなかったのも、辛かったです。

名古屋市内で転職活動

退職してから6カ月後、体調が回復したため、また名古屋市内で勤務することを目標に転職活動をスタートさせました。
転職活動は、2つの求人サイトに登録し、そこの求人情報を集めることから始めました。

中川区のばんたね病院と中村区名古屋第一赤十字病院を狙っていたのですが、求人が見当たらず断念することに。

その後、友人の紹介もあり、西区のクリニックに勤めることになりました。

今度は無理しすぎないよう、仕事量を調整しながら看護師としてのスキルを上げていきたいと思っています。

4年目の転職

名古屋在住のY.Kさん(26歳)
私は看護師になって4年目で転職をしました。

看護師は2年目・3年目に転職する確率が高いと言われています。
私も3年目に転職を思い立ちましたが、日々の忙しさから結局4年目に転職することになりました。

1年目は毎日辛いことばかり、毎日辞めたいと思いながら過ごしていました。
わからないことがわからない。怒られていることをどうしたら改善できるかもわからない。心電図がわからない。わからないことだらけで看護師になってよかったのかとかんがえる日々でした。先輩も怖いし同期は仲間といえどライバル。誰が仕事できるかではなく先輩に褒められるかどうかなんかをライバル視していました。
夜勤に入るようになるとナースコールが怖くなり、少ない人数でこんなに受け持つのかと驚きながら自分のできなさのせいで誰かが病状を悪化してしまうのではないかとひやひやしていました。
ただ新米の先生はもっと怖かっただろうと思い、そんな弱音を吐くことはできませんでした。
彼らはたった一人で患者さんと向き合います。
それに比べて私は先輩ナースが何人か居てくれるので、万が一の時は助けてもらえるからです。

2年目になると1年目でやっていた、わからなかったことの怖さがわかり必死で勉強しましたが、知識は増えても応用が効かず看護に活かせない。
悔しくて勉強しても病気や目の前の患者さんの状況とはつなげることができず空回りしていました。

3年目では後輩指導も必須となり委員会、リーダー業務など今までと違う仕事が任されてきます。
自分の中ではわかっていることも人に理論づけて説明しようと思ってもできない、そのせいで後輩が育たない。
とにかく自分の不甲斐なさを感じることが多く看護師に向いていないのかと思う日が多かったです。
患者さんや家族は無茶を言う人も少なくなく先生は「先生様」。先生が間違っていてもあやまって指示をだしなおしてもらわなければいけないという理不尽さ。
女ばかりの職場ですので派閥ができたり人間関係のトラブルも少なくなくとても気を使っていました。
体力的にも精神的にも辛かったです。
この時期に転職を思い立ったのですが、忙しい時でもあり結局はダラダラと仕事を続けてしまいました。
けど転職エージェントに相談したり、看護師の求人サイトに登録して情報を探したり、簡単な転職活動は行っていました。
ただ実際に病院へ見学へ行ったり、面談を受けたりはしていません。

4年目は看護師の派閥の戦いに疲れ、退職する旨を看護部長に伝えました。
転職先の希望は総合病院だったのですが、小さなクリニックも経験してみたいという思いもあり、なかなか自分の考えをまとめることができません。
この思いを転職エージェントの方に相談した所、まずは小さなクリニックで見学をしてみてはどうかという提案を受けました。
私はそれを快諾し、近所のクリニックへ見学に行き、総合病院への思いが固まりました。
クリニックより、総合病院の方がスキル向上に向いていると思ったからです。

その後、転職エージェントの方に求人中の総合病院を探して頂きました。
病院は西区にある愛知県済生会病院や港区の中部労災病院も良さそうだったのですが、最終的に中区にある某総合病院で働くことが決まったのです。

初めての転職でしたが、人間関係も良い職場で、給料も月2万円くらい上がり満足のいく転職だったと思います。